陸上競技では「一定距離をいかに速く走るか」を競うが、これは体内で生み出せるエネルギー量に依存する。
しかし一概にエネルギーを生み出すといっても、体内のエネルギー供給システムはいくつかの経路にわかれており、それぞれ鍛え方も異なる。
目的に合わせて正しくトレーニングを行うためには、エネルギー供給系のことを正しく理解することが大切だ。
そこで本記事では、筋肉へエネルギーを供給する仕組みを説明する。
photo by Alan Levine (CC-BY SA)
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もくじ
PCr系、解糖系、酸化系
エネルギー供給系は、大きく分けてPCr系、解糖系、酸化系がある。
一般に、PCr系、解糖系は無酸素系、
酸化系は有酸素系と呼ばれる。
有酸素系はその名の通り酸素を利用するエネルギー供給系で、
とりわけ長距離選手にとって重要なのは酸化系エネルギー供給の能力だ。
ただ、これらの単語を聞いただけではチンプンカンプンだという人も多いと思うので、あるものに例えて説明してみる。
エネルギー供給系は、キャンプで火をおこす作業と似ている

photo by Yulia Guseva(CC-BY SA)
キャンプで焚き火を作った経験があるだろうか。
僕は火遊びが好きで(変な意味じゃないよ)、学校帰り、友達と小さな焚き火をつくって遊んでいた。
生理学を勉強しだしてから気付いたのだが、体内のエネルギー供給系の移り変わりは、この焚き火をつくる行程によく似ている。
焚き火の行程
焚き火をつくるにはまず、枯れ葉や新聞紙などの引火しやすいものに、ライターで火をつける。
その火が勢いよく広がっているうちに、小枝などの少しだけ火持ちのよいものへ引火させ、
最終的に炭や太い木材へと引火させることで、長く燃え続ける焚き火が完成する。
この行程が、身体のエネルギー供給システムと非常に酷似している。
焚き火の行程をエネルギー産生系に例えると、
新聞紙や枯れ葉はPCr系
小枝は解糖系
炭は酸化系
という具合に対応させて考えることができる。
それぞれのエネルギー供給系が400mのレース中どのように働くのかみてみよう。
400m走

スタート直後
速度0の状態から爆発的に増えたエネルギー消費量に対応するため、PCr系(着火材)が活躍する。
PCr(クレアチンリン酸)は筋肉内に蓄えられた着火材のようなもので、筋肉内のエネルギー需要が増大したとき瞬間的にそれを補う。
一方で、PCrの蓄えられている量は少なく、数秒しかエネルギー供給を保てないため、PCr系からやや遅れて活性が高まる解糖系と入れ替わるように、PCr系のエネルギー産生量は減っていく。
100m付近
解糖系がエネルギー供給の主幹を担うようになる。
酸化系(炭)もゆっくりとエネルギー供給量を増やしてはいるが、本調子になるのはまだ先。
焚き火でいえば、火が小枝に移り、炭への着火を待っている段階。
200m付近
解糖系のエネルギー供給システムはピークを過ぎ、徐々にエネルギー産生量が落ちてくる。
このあたりでようやく酸化系のエネルギー供給システムが顔を出し、酸化系エネルギー産生への依存度が高まっていく。(といっても、まだ全開の70~80%程度)
焚き火でいえば、小枝が燃えつきはじめ、炭に火が燃え移ってきたところ。
300m付近
解糖系のエネルギー供給量は完全にピークを過ぎて低下していき、エネルギー供給の主幹は酸化系になる。
心拍数は最大値の90%を超え、ほぼ全開で心臓を拍動させる。
焚き火で言えば、小枝は7〜8割がた燃え尽き、ほぼ炭に着火したフェーズにあたる。
ゴール付近
ゴールに近づくにつれて酸化系エネルギー供給への依存度はどんどん増していき、PCr系、解糖系のエネルギー供給量は低下の一途を辿る。
焚き火でいうと、完全に炭に火が燃え移り、安定期に入ったところ。
400m走における、それぞれのエネルギー供給系の割合
400mの局面によってエネルギー供給系の割合は著しく変化していくが、トータルでそれぞれの割合を考えた場合、
PCr系25%、解糖系25%、酸化系50%ほどと言われている。
※近年では、酸化系の割合がもっと高いのではないかと考える研究者が増えているようだ。
400mが無酸素運動の境地というのは嘘だった
400mのラストスパートで選手が苦痛に顔を歪める姿をみて、
「無酸素運動の境地!」
と叫ぶ解説者がいるが、終盤に近づくにつれて酸素をより使うようになっていくことを踏まえると、この表現は明らかに間違いだ。
もし無酸素運動の境地と叫ぶなら、スタート直後に叫ぶのが最もふさわしい。(実際に言ったらかなり滑稽だが)
クレアチンローディング
PCrとは、クレアチンリン酸のこと。
長距離選手のグリコーゲンローディングと並んで、短距離選手や跳躍選手のクレアチンローディングは有名だ。
この根本にある考えは、体内に蓄える着火材(PCr)の量を増やしておくことによって、試合中に使えるエネルギー量を増やそうというもの。
しかし、クレアチンローディングを行うと体重が1~3kg増えてしまうため、短距離選手のタイムが伸びるかについては疑問視されている。
一方で、クレアチンローディングによってベンチプレスなどの最大挙上重量が高まるなどの意見もあるため、目的によっては効果が期待できるサプリメントだ。
[amazonjs asin=”B005UJRJK0″ locale=”JP” tmpl=”Small” title=”DNS クレアチン 300g”]解糖系
解糖系とは、名の通り「糖が分解される際に生まれるエネルギー」のこと。
脳からの指令を伝達する神経も、解糖系のエネルギーに依存しており、体内の糖質量が減ってしまうことでパフォーマンスが著しく低下してしまうことが分かっている。
だからこそ、運動後の糖質摂取が大事なのだ。
参考:【陸上長距離】練習後の疲労から1秒でも早く回復するための方法【プロテインのススメ】
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酸化系では、糖と脂質が分解され、ミトコンドリアと呼ばれる器官に取り込まれることでエネルギーを生み出す。
基本的に脂質は体内に十分な量貯蔵されているため、特に意識して取る必要はなく、通常の食事で取れる脂質量で十分だ。
一方で糖質の貯蔵量は限られているため、やはり運動後の糖質摂取は意識して行うべきである。
まとめ
今回は短距離種目を例に説明したが、このエネルギー供給の移り変わりは長距離選手にも当てはまることなので、ぜひ覚えておいてほしい。
実際に走っている時、「今、体内のエネルギー供給系はどのフェーズにあるかな」と考える癖をつけることで、
身体の中で起こっていることを具体的にイメージすることができるようになる。
これにより、とんちんかんな練習やコンディショニングをおこなうことが少なくなるだろう。
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